テレビ業界のAD(アシスタントディレクター)はきつい…。
これは、実際に現場を経験した人なら誰もが感じることだと思います。
私も一年目は毎日のように「辞めたい」と思っていました。
そんなAD時代、ある現場でかけられた一言が、結果的に30年以上この業界にいるきっかけになりました。
これは、その忘れられない言葉と、当時のリアルな体験談です🙇♂️
テレビ業界のADは本当にきつい?【私の一年目】
テレビ業界は、基本的に全員AD(アシスタントディレクター)からスタートします。
ADの中にも序列があり、最上位にいくとチーフADと呼ばれる。ディレクターに一番近い存在です。
よく言われました。
「ADって辛いでしょ?」
「よくADなんてやるね」
……いやいや、何を言っているのか😅
私はADになりたくてこの業界に入ったわけでは断じてない。
ディレクター、監督、演出──そのポジションに憧れて入ってきた。
ADを辞めたいと毎日思っていた理由
一刻も早くD(ディレクター)になりたい!そう思って毎日本当に辛い仕事をこなしてきた。
一年目はとにかくきつかった😣
体力的にも精神的にも…。
「辞めたい」
毎日、毎時間、毎秒思っていた。(体感そんな感じ💦)
頭のおかしな人たち(昔のギョーカイ人)の、頭のおかしな言動に翻弄される日々。
今は笑い話になるような、ウソのようなホントの話みたいな体験談ばかりです。
それでも…
「俺は絶対にディレクターになるんだ🔥」
という気持ちだけが、なんとか踏みとどまらせてくれた。
でもすぐに「でもなぁ…こんな頭のおかしい人たちとずっとやってていいのかな…😞」とかいう気持ちも頭をもたげる。
(それくらいおかしなことをする人たちが大勢いた職場だった💧)
その後に「いや、俺は…!」
そんなことの繰り返し…😅
一年目が一番その気持ちの揺れ動きが激しかったかもしれない。
現場でかけられた、人生を変えた一言
ある時、自分が担当していた番組のロケ現場に、放送作家の方が来ていた。
当時は作家さんが現場に来るのが普通だった時代だ。
現場を見てディレクターにアドバイスをしたり、ナレーションを書く上でもその方が臨場感が…みたいなことだ。(今、現場に来る作家さんなんてほぼいない)
人手の足りない現場で、私は一日中走り回っていた💦
そこの現場はADの数も少なく、私と先輩2人。
先輩はディレクターにつきっきりで、他の雑務は全部私が担当する状況だった。
わかっていたことだし、こんなこと全く辛くはない。いつも通り。
せっせせっせと動いて、作家さんに必要な資料を届けに行った時… 突然こう言われた。
「お前、よく頑張ってんな」
思いがけない言葉に立ち止まってしまった。
そして続けて、こう言われた。
「今はしんどいだろ。でもここで辞めるな。
ここで辞めたら“使われ損”だ。
辞めるならディレクターになってから辞めろ。
そしたらお前ならどこでも通用するし、いくらでも稼げるから」
超ビビった…
正直、めちゃくちゃ刺さった😳
その言葉がAD時代の支えになった
その日から
「もう絶対に辞めない」
……とはならない(笑)
また辞めたくなる😅
でも、そのたびにあの言葉が浮かんできた。
また当時の放送業界は本当に羽振りが良く、フリーになったらものすごく稼げる時代だった。
早くディレクターになって、フリーになって、めっちゃ稼ぐ!その思いは強かった。
ADでもディレクターに近づくと当然仕事内容も変わってくる。
怠け者の先輩ディレクターにつけば「あとやっておいて」とか編集を一部分任せてもらえたり、PRスポットという15秒程度の番組のCMなどを自由に作らせてもらえたり…
ここはピンチヒッターが打席に立つ気持ちだ!
ここでヒット打たないともう使ってもらえなくなる。
必死に作り上げる💦
この作業は大変だが、めっちゃ楽しかった!
褒められたりしたらもう大変だ😆
この積み重ねが、気づけば“やりがい”に変わっていました。
ADの私はよく褒められた。
怠け者の先輩方は私も持ち上げたら自分の仕事が楽になるから褒めていたのかもしれない。
でも褒められるのは幾つになっても嬉しいもの😁
ましてや尊敬している先輩からのお褒めの言葉は麻薬だ。
また欲しくなる😖
30年続いた理由と、今思うこと
結局、私はその後30年以上この業界にいた。
あの作家さんの一言がなければ、
間違いなくもっと早く辞めていたと思います。
今は自由に、自分の裁量で人生を進めていこうと思っている。
それができるのも、あの時踏みとどまったからだと思っています😊
今でも、あの作家さんには感謝しています。
忘れられない、人生の支えになった言葉です✨


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